奎吉
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)當然な經緯《いきさつ》

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(例)もうこ[#「こ」に「(ママ)」の注記]うなれば
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「たうとう弟にまで金を借りる樣になつたかなあ。」と奎吉は、一度思ひついたら最後の後悔の幕迄行つて見なければ得心の出來なくなる、いつもの彼の盲目的な欲望がむらむらと高まつて來るのを感じながら思つた。
 彼にとつてはもうこ[#「こ」に「(ママ)」の注記]うなればその醜い欲望が勝を占めてしまふに違ひなかつた。彼は彼で祕かにそれを見越して、それを拒否する意志の働くのを斷念する傾きが出來てゐたのだつた。
 彼は今金がつかんで見度くて堪らないのであつた。然し正當の手段でそれをこしらへるめど[#「めど」に傍点]は周圍のどこにもなかつた。
 彼は兩親から金を持つことを許されてゐないのであつた。どうして奎吉がそんな破目になつたかと云へば、それは彼の樣な性格の人間には當然な經緯《いきさつ》の結果なのである。
 ――彼は二度續けて落第したため、最近迄籍をおいてゐた高等學校を追はれた。
 あらゆる徳目と兩立しない欲望が、又しても又しても彼のちつぽけな意志を押し流した。彼の理想や彼の兩親の願望の忠臣である彼の意志なるものはあまりに弱かつたのである。彼はその度に後悔し誓つた。然し回を重ねるにつれて、放埒の度は段々はげしくなつた。結局彼は引き摺られる所まで引き摺つてゆかれたのだ。――そして彼は學校を追はれたのだつた。
「お父さんも今度といふ今度は本當に慍つてゐらつしやる。」と奎吉は母に云ひきかされた。
「お前の心が改まつたとわかるまで家へ置いてお小遣をやらないと云つてるからお前もその積りでゐなさい。それから將來の身の振方も考え[#「え」に「(ママ)」の注記]てお置き、家ではもう學校へはやらない積りでゐるから。」奎吉は然し「はい。」とは返事が出來なかつた。が、彼の自由になる金が途絶えた生活は續けられて行つた。
 然し彼はそろそろ金が欲しくなつて來た。彼は毎日散歩と稱して、息詰る樣な家の空氣から逃れ出た。然し金を持たずに街を歩くのは彼の憂鬱を増させるばかりであつた。
 そしてその生活の二十日目程にあたる今日といふ今日は金のことばかりで思ひわづらつてゐた。賣つたり質屋へ持つてゆくも
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