矛盾の樣な眞實
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)こんなことを云つて戸外《そと》から

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)むら/\とした。
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「お前は弟達をちつとも可愛がつてやらない。お前は愛のない男だ。」
 父母は私によくそ[#「そ」に「(ママ)」の注記]う云つて戒めた。
 實際私は弟達に對して隨分突慳貪であつた。彼等を泣かすのは何時でも私であつた。彼等に手を振り上げるのは兄弟中で事實私一人だつた。だから父母のその言葉は一應はもつともなのであるが私は私のとつてゐた態度以外にはどうしても彼等が扱へなかつた。
 私はどちらかと云へば彼等には暴君であつた。然しとにかく弟達はそれの或程度迄には折れ合つて、私對弟等の或る一定した關係の朧ろな輪廓が出來てゐた。
 然しその標準から私は時々はみ出たことをした。――と云ふよりも事實いけないと思ふ樣なことをした記憶をもつてゐる。

 三年程以前のことだと思ふ。その勘定だと、上の方の弟が十三で、その次が十の時だつた筈である。
 その下の方の弟がこんなことを云つて戸外《そと》から歸つて來た。
「勇ちやん――(上の方の弟の名)――今そとでよその奴に撲られたんだよ。」
 譯をきいて見れば、勇が自轉車につきあたられて、そしておまけに「この間拔け奴。」と云つてその乘つてゐた男に頭を撲られたと云ふのである。
 私はそれをきくとむら/\とした。年をきいて見ると四十程の男だと云ふ、私はその男を自轉車からひきずり卸[#「卸」に「(ママ)」の注記]して思ひ切りこらしめてやりたかつた。
 私は、氣が弱くて恐らくは抵抗出來なかつた弟がどんなに口惜しく思つてゐるだらうと思つた。そんな奴はどれだけこらしめてやつてもいゝと思つた。そして私は何時のまにか、うんと顏を陰氣にしてしまつてゐた。
 然し母はやはり年の功だけのことを云つた。つまり勇にもいけない所があつたにちがひないと云ふ風なことを云ひ出した。
 私はそれをもつともだとは思つたが、十三位の家の弟をよその大人が撲るといふ樣なことはどうしても許せないと思つた。
「お母さん! そ[#「
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