らな路へ出る。月光は初めてその深祕さで雪の積った風景を照していた。美しかった。自分は自分の気持がかなりまとまっていたのを知り、それ以上まとまってゆくのを感じた。自分の影は左側から右側に移しただけでやはり自分の前にあった。そして今は乱されず、鮮かであった。先刻自分に起ったどことなく親しい気持を「どうしてなんだろう」と怪しみ慕《なつか》しみながら自分は歩いていた。型のくずれた中折を冠り少しひよわな感じのする頚《くび》から少し厳《いか》った肩のあたり、自分は見ているうちにだんだんこちらの自分を失って行った。
 影の中に生き物らしい気配があらわれて来た。何を思っているのか確かに何かを思っている――影だと思っていたものは、それは、生《なま》なましい自分であった!
 自分が歩いてゆく! そしてこちらの自分は月のような位置からその自分を眺めている。地面はなにか玻璃《はり》を張ったような透明で、自分は軽い眩暈《めまい》を感じる。
「あれはどこへ歩いてゆくのだろう」と漠とした不安が自分に起りはじめた。……

 路に沿うた竹藪《たけやぶ》の前の小溝《こみぞ》へは銭湯で落す湯が流れて来ている。湯気が屏風《び
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