達は並んでアラビア兵のようだ」
「そや、バグダッドの祭のようだ」
「腹が第一滅っていたんだな」
ずらっと並んだ洋酒の壜を見ながら自分は少し麦酒の酔いを覚えていた。
三
ライオンを出てからは唐物屋で石鹸を買った。ちぐはぐな気持はまたいつの間にか自分に帰っていた。石鹸を買ってしまって自分は、なにか今のは変だと思いはじめた。瞭然《はっき》りした買いたさを自分が感じていたのかどうか、自分にはどうも思い出せなかった。宙を踏んでいるようにたよりない気持であった。
「ゆめうつつ[#「ゆめうつつ」に傍点]で遣《や》ってるからじゃ」
過失などをしたとき母からよくそう言われた。その言葉が思いがけず自分の今|為《し》たことのなかにあると思った。石鹸は自分にとって途方もなく高価《たか》い石鹸であった。自分は母のことを思った。
「奎吉《けいきち》……奎吉!」自分は自分の名を呼んで見た。悲しい顔付をした母の顔が自分の脳裡《のうり》にはっきり映った。
――三年ほど前自分はある夜酒に酔って家へ帰ったことがあった。自分はまるで前後のわきまえをなくしていた。友達が連れて帰ってくれたのだったが、その友
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