太郎と街
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)敷布《シーツ》

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(例)子供の時の乘物づくし[#「乘物づくし」に傍点]を
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 秋は洗ひたての敷布《シーツ》の樣に快かつた。太郎は第一の街で夏服を質に入れ、第二の街で牛肉を食つた。微醉して街の上へ出ると正午のドンが鳴つた。
 それを振り出しに第三第四の街を歩いた。飛行機が空を飛んでゐた。新鮮な八百屋があつた。魚屋があつた。花屋があつた。菊の匂ひは街へ溢れて來た。
 呉服屋があつた。菓子屋があつた。和洋煙草屋があり、罐詰屋があつた。街は美しく、太郎の胸はわくわくした。眼は眼で樂しんだ。耳は耳で樂しんだ。鼻も敏捷な奴で、風が送つて來るものを捕へては貪り食つた。
 太郎は巨大な眼を願望した。街は定まらない繪畫であつた。幻想的なといへば幻想的な、子供だましのポンチ繪には、土瓶が鉢卷をして泳いでゐたり、日の丸の扇で踊つてゐたりするのがあるが、ブーブー唸つて走つてゐる自働車などを見れば吹き出したくなる位だ。菓子屋のドロツプやゼリビンズは點描派《ポアンチユリスト》の畫布の樣だし、洋酒瓶の竝んだ棚はバグダツドの祭の樣だ。
 飛行機がまたやつて來て、あたりは樹木に埋つた公園であつた。太郎は十錢を拂つて動物園へ入つた。此所なんぞ入場料十圓也と觸れ出せば、紳士淑女は雜鬧し、雜誌は動物園の詩で埋まるに違ひない。水族館まで見て來ると、太郎はたうとう熱い溜息を洩らした。そこを出ると知らない街へ入つた。華かな夕暮が來て、空は緋の衣で埋まつた。それを目がけて太郎は歩いた。後ろから月が昇つたらまたその方へ歩く積りだ。いよいよ夜がやつて來て、先づ全市の電燈をつけた。三日月があがつたと思つたら直ぐ沈んだ。星が出て來ては挨拶をし、出て來ては挨拶を交した。太郎も帽子が振りたくなつた。
 洋館の三階の窓。そこからは何がみえるのだらう。若い男が思ひに沈んだハモニカを吹いてゐた。塗料の匂ひがする、醫療器具屋の前だ。女の兒が群れて輪になり、歌を歌つては空へ手を伸した。子守娘が竝んでゆく。燒鳥屋は店を持ち出した。その下へはもう尨犬がやつて來てゐる。
 太郎は巨大な脚を願望した。また思つた。凡そこの地球程面白い星はあるまい。鞠をかゞる青い絲や赤い絲の樣に、地球をぐるぐる歩いてゆ
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