うに謎をかくして静まっていた。
見ていると、獣のようにこの城のはなから悲しい唸《うなり》声を出してみたいような気になるのも同じであった。息苦しいほど妙なものに思えた。
夢で不思議な所へ行っていて、ここは来た覚えがあると思っている。――ちょうどそれに似た気持で、えたいの知れない想い出が湧いて来る。
「ああかかる日のかかるひととき」
「ああかかる日のかかるひととき」
いつ用意したとも知れないそんな言葉が、ひらひらとひらめいた。――
「ハリケンハッチのオートバイ」
「ハリケンハッチのオートバイ」
先ほどの女の子らしい声が峻《たかし》の足の下で次つぎに高く響いた。丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。
この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もある。
三階の旅館は日覆をいつの間にか外《はず》した。
遠い物干台の赤い張物板ももう見つからなくなった。
町の屋根からは煙。遠い山からは蜩《ひぐらし》。
手品と花火
これは
前へ
次へ
全41ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング