ながら、何匹も飛び出した。
時どき烟《けむり》を吐く煙突があって、田野はその辺《あた》りから展《ひら》けていた。レンブラントの素描めいた風景が散らばっている。
黝《くろ》い木立。百姓家。街道。そして青田のなかに褪赭《たいしゃ》の煉瓦《れんが》の煙突。
小さい軽便が海の方からやって来る。
海からあがって来た風は軽便の煙を陸の方へ、その走る方へ吹きなびける。
見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走っているようである。
ササササと日が翳《かげ》る。風景の顔色が見る見る変わってゆく。
遠く海岸に沿って斜に入り込んだ入江が見えた。――峻はこの城跡へ登るたび、幾度となくその入江を見るのが癖になっていた。
海岸にしては大きい立木が所どころ繁っている。その蔭にちょっぴり人家の屋根が覗《のぞ》いている。そして入江には舟が舫《もや》っている気持。
それはただそれだけの眺めであった。どこを取り立てて特別心を惹《ひ》くようなところはなかった。それでいて変に心が惹かれた。
なにかある。ほんとうになにかがそこにある。と言ってその気持を口に出せば、もう空ぞらしいもの
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