「ひょっとしてあの時の痩我慢を破裂させているのかもしれない」そんなことを思って聞いていると、その火がつくような泣声が、なにか悲しいもののように峻には思えた。
昼と夜
彼はある日城の傍の崖の蔭に立派な井戸があるのを見つけた。
そこは昔の士《さむらい》の屋敷跡のように思えた。畑とも庭ともつかない地面には、梅の老木があったり南瓜《かぼちゃ》が植えてあったり紫蘇《しそ》があったりした。城の崖からは太い逞しい喬木《きょうぼく》や古い椿《つばき》が緑の衝立《ついたて》を作っていて、井戸はその蔭に坐っていた。
大きな井桁《いげた》、堂々とした石の組み様、がっしりしていて立派であった。
若い女の人が二人、洗濯物を大盥《おおだらい》で濯《すす》いでいた。
彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね[#「はね」に傍点]釣瓶《つるべ》になっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶|桶《おけ》に溢れ、樹々の緑が瑞《みず》みずしく映っている。盥の方の女の人が待つふり[#「ふり」に傍点]をすると、釣瓶の方の女の人は水をあけた。盥の水が躍り出して水玉の虹がたつ。そこへも緑は影
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