感覚である。
「へ、お火鉢」婦《おんな》はこんなことをそわそわ言ってのけて、忙しそうに揉《もみ》手をしながらまた眼をそらす。やっと銀貨が出て婦《おんな》は帰って行った。
 やがて幕があがった。
 日本人のようでない、皮膚の色が少し黒みがかった男が不熱心に道具を運んで来て、時どきじろじろと観客の方を見た。ぞんざいで、おもしろく思えなかった。それが済むと怪しげな名前の印度《インド》人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉で喋《しやべ》った。唾液をとばしている様子で、褪《さ》めた唇の両端に白く唾がたまっていた。
「なんて言ったの」姉がこんなに訊《き》いた。すると隣のよその人も彼の顔を見た。彼は閉口してしまった。
 印度人は席へ下りて立会人を物色している。一人の男が腕をつかまれたまま、危う気な羞笑《はじわらい》をしていた。その男はとうとう舞台へ連れてゆかれた。
 髪の毛を前へおろして、糊の寝た浴衣を着、暑いのに黒足袋を穿《は》いていた。にこにこして立っているのを、先ほどの男が椅子《いす》を持って来て坐らせた。
 印度人は非道《ひど》いやつであった。
 握手をしようと言って男
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