んまりで、しかも実に余念なく組打ちをしている。
 彼らは抱き合っている。柔らかく噛《か》み合っている。前肢でお互いに突張り合いをしている。見ているうちに私はだんだん彼らの所作に惹《ひ》き入れられていた。私は今彼らが噛み合っている気味の悪い噛み方や、今彼らが突っ張っている前肢の――それで人の胸を突っ張るときの可愛《かわい》い力やを思い出した。どこまでも指を滑《すべ》り込ませる温《あたた》かい腹の柔毛《にこげ》――今一方の奴《やつ》はそれを揃《そろ》えた後肢で踏んづけているのである。こんなに可愛い、不思議な、艶めかしい猫の有様を私はまだ見たことがなかった。しばらくすると彼らはお互いにきつく抱き合ったまま少しも動かなくなってしまった。それを見ていると私は息が詰って来るような気がした。と、その途端露路のあちらの端から夜警の杖《つえ》の音が急に露路へ響いて来た。
 私はいつもこの夜警が廻《まわ》って来ると家のなかへはいってしまうことにしていた。夜中おそく物干しへ出ている姿などを私は見られたくなかった。もっとも物干しの一方の方へ寄っていれば見られないで済むのであるが、雨戸が開いている、それを見て大
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