過古
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)夕餉《ゆうげ》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)夕|凍《じ》み

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)日なた[#「なた」に傍点]
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 母親がランプを消して出て来るのを、子供達は父親や祖母と共に、戸外で待っていた。
 誰一人の見送りとてない出発であった。最後の夕餉《ゆうげ》をしたためた食器。最後の時間まで照していたランプ。それらは、それらをもらった八百屋《やおや》が取りに来る明日の朝まで、空家の中に残されている。
 灯が消えた。くらやみを背負って母親が出て来た。五人の幼い子供達。父母。祖母。――賑《にぎや》かな、しかし寂しい一行は歩み出した。その時から十余年経った。

 その五人の兄弟のなかの一人であった彼は再びその大都会へ出て来た。そこで彼は学狡へ通った。知らない町ばかりであった。碁会所《ごかいしょ》。玉突屋。大弓所。珈琲《コーヒー》店。下宿。彼はそのせせこましい展望を逃《のが》れて郊外へ移った。そこは偶然にも以前住んだことのある町に近かった。霜解け、夕
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