吊橋を渡つてその道は杉林のなかへはいつてゆく。杉の梢が日光を遮つてゐるので、その道にはいつも冷たい濕つぽさがあつた。それは暗いゴチツク建築のなかを辿つてゆくときのやうな、犇々《ひし/\》とせまつて來る靜寂と孤獨とを眼覺ました。杉の根方には藪柑子《やぶかうじ》、匂ひのないのぎ蘭[#「のぎ蘭」に傍点]、すぎごけ、……數々の矮小《わいせう》な自然が生えてゐた。それらは私の足音が遠離《とほざか》ればまたわけの分らぬ陰濕な會話で靜寂を領するやうに思はれた。私の心は暗い梢のなかで圓い喉を鳴らしてゐる山鳩の心に觸れ、あるときは靜かに鳴き澄ましてゐる鶯のやうなものになつてしまつた。
 このゴチツク風の建物の内部は、しかし、全然日光が射して來ないのではなかつた。徑《みち》を歩いてゆく私の影はすくすくと立つた杉の柱を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]折して來る、冬の日よりもまだ弱い日向のなかにあらはれ、木立のなかに消えたり、熊笹の上を這つたりした。乏しい日光に象《かたど》られる幽かな影繪は、あるひは私の頭であつたり、あるひは肩であつたりした。
 だからそれは影であるといふよりも影の暗示であつた。物
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