らかなり距つたところからで、恰度燒きつけた寫眞を藥のはいつた※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ツトへ投げ込んで影像があらはれて來るやうな工合に出て來るのだつた。私はそれが不思議でならなかつた。
 空は濃い菫色をしてゐた。此の季節のこの色は秋のやうに透き通つてはゐない。私の想像はその色が暗示する測り知られない深みへ深みへのぼつて行つた。そのとたん私は心に鈍い衝撃をうけた。さきの疑惑が破れ、ある啓示が私を通り拔けたのを感じた。
 闇だ! 闇だ! この光りに横溢した空間はまやかしだ。
 日を浴びながら青空を見るのは冬からの私のどんな樂しみだつたらう。山々に視界を遮られたこの村へ來て、私は海を見る樂しみを空へ向けた。日向《ひなた》へ寢轉べば、そこは常に岬の突角だつた。そして私は今迄に何隻の船をその無限の海へ出發させてゐたらう。
 空の濃い菫色は見てゐれば見てゐる程、闇としか私には感覺出來なくなつた。星も月もない夜空よりも、眞に闇である闇を私は見たのだ。そして私は宿へ歸つて來た。

     第二話

 ずつと以前から私は散歩の途中に一つのたのしみを持つてゐた。下の街道から深い溪の上に懸つた
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