闇の絵巻
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)強盗が捕《つか》まって

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)第一|階梯《かいてい》である
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 最近東京を騒がした有名な強盗が捕《つか》まって語ったところによると、彼は何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができるという。その棒を身体の前へ突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法《めくらめつぽう》に走るのだそうである。
 私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快《そうかい》な戦慄《せんりつ》を禁じることができなかった。
 闇《やみ》! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない。何が在《あ》るかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことができよう。勿論われわれは摺《すり》足でもして進むほかはないだろう。しかしそれは苦渋や不安や恐怖の感情で一ぱいになった一歩だ。その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足《はだし》で
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