とっても五里霧中であります。
しかし私はその直感を土台にして、その不幸な満月の夜のことを仮に組み立ててみようと思います。
その夜の月齢は十五・二であります。月の出が六時三十分。十一時四十七分が月の南中する時刻と本暦には記載されています。私はK君が海へ歩み入ったのはこの時刻の前後ではないかと思うのです。私がはじめてK君の後姿を、あの満月の夜に砂浜に見出したのもほぼ南中の時刻だったのですから。そしてもう一歩想像を進めるならば、月が少し西へ傾きはじめた頃と思います。もしそうとすればK君のいわゆる一尺ないし二尺の影は北側といってもやや東に偏した方向に落ちるわけで、K君はその影を追いながら海岸線を斜に海へ歩み入ったことになります。
K君は病と共に精神が鋭く尖《とが》り、その夜は影がほんとうに「見えるもの」になったのだと思われます。肩が現われ、頸《くび》が顕われ、微かな眩暈《めまい》のごときものを覚えると共に、「気配」のなかからついに頭が見えはじめ、そしてある瞬間が過ぎて、K君の魂は月光の流れに逆らいながら、徐々に月の方へ登ってゆきます。K君の身体はだんだん意識の支配を失い、無意識な歩みは
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