ることによって、今こんなにして付添婦などをやっているのではあるまいかということを、吉田はそのときふと感じたのだった。
 吉田は病気のためにたまにこうした機会にしか直接世間に触れることがなかったのであるが、そしてその触れた世間というのはみな吉田が肺病患者だということを見破って近付いて来た世間なのであるが、病院にいる一《ひ》と月ほどの間にまた別なことに打《ぶ》つかった。
 それはある日吉田が病院の近くの市場へ病人の買物に出かけたときのことだった。吉田がその市場で用事を足して帰って来ると往来に一人の女が立っていて、その女がまじまじと吉田の顔を見ながら近付いて来て、
「もしもし、あなた失礼ですが……」
 と吉田に呼びかけたのだった。吉田は何事かと思って、
「?」
 とその女を見返したのであるが、そのとき吉田の感じていたことはたぶんこの女は人違いでもしているのだろうということで、そういう往来のよくある出来事がたいてい好意的な印象で物分かれになるように、このときも吉田はどちらかと言えば好意的な気持を用意しながらその女の言うことを待ったのだった。
「ひょっとしてあなたは肺がお悪いのじゃありませんか」
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