ながらその女の話した薬というのは、素焼《すやき》の土瓶《どびん》へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらか宛《ずつ》かごく少ない分量を飲んでいると、「一匹食わんうちに」癒《なお》るというのであった。そしてその「一匹食わんうちに」という表現でまたその婆さんは可怕《こわ》い顔をして吉田を睨《にら》んで見せるのだった。吉田はそれですっかりその婆さんに牛耳られてしまったのであるが、その女の自分の咳に敏感であったことや、そんな薬のことなどを思い合わせてみると、吉田はその女は付添婦という商売がらではあるが、きっとその女の近い肉親にその病気のものを持っていたのにちがいないということを想像することができるのであった。そして吉田が病院へ来て以来最もしみじみした印象をうけていたものはこの付添婦という寂しい女達の群《む》れのことであって、それらの人達はみな単なる生活の必要というだけではなしに、夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸を烙印《らくいん》されている人達であることを吉田は観察していたのであるが、あるいはこの女もそうした肉親をその病気で、なくす
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