牛耳《ぎゅうじ》っていた中婆さんなのだった。
 吉田はそう言われて何のことかわからずにしばらく相手の顔を見ていたが、すぐに「ああなるほど」と気のついたことがあった。それは自分がその庭の方を眺めはじめた前に、自分が咳をしたということなのだった。そしてその女は自分が咳をしてから庭の方を向いたのを勘違いして、てっきりこれは「心臓へ来た」と思ってしまったのだと吉田は悟《さと》ることができた。そして咳がふいに心臓の動悸を高めることがあるのは吉田も自分の経験で知っていた。それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、
「その病気に利くええ薬を教えたげまひょか」
 と、また脅《おびや》かすように力強い声でじっと吉田の顔を覗き込んだのだった。吉田は一にも二にも自分が「その病気」に見込まれているのが不愉快ではあったが、
「いったいどんな薬です?」
 と素直に聞き返してみることにした。するとその女はまたこんなことを言って吉田を閉口させてしまうのだった。
「それは今ここで教えてもこの病院ではできまへんで」
 そしてそんな物々《ものもの》しい駄目《だめ》をおし
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