いきなりそう言われたときには吉田は少なからず驚いた。しかし吉田にとって別にそれは珍しいことではなかったし、無躾《ぶしつ》けなことを聞く人間もあるものだとは思いながらも、その女の一心に吉田の顔を見つめるなんとなく知性を欠いた顔付きから、その言葉の次にまだ何か人生の大事件でも飛び出すのではないかという気持もあって、
「ええ、悪いことは悪いですが、何か……」
と言うと、その女はいきなりとめどもなく次のようなことを言い出すのだった。それはその病気は医者や薬ではだめなこと、やはり信心をしなければとうてい助かるものではないこと、そして自分も配偶《つれあい》があったがとうとうその病気で死んでしまって、その後自分も同じように悪かったのであるが信心をはじめてそれでとうとう助かることができたこと、だからあなたもぜひ信心をして、その病気を癒《なお》せ――ということを縷々《るる》として述べたてるのであった。その間吉田は自然その話よりも話をする女の顔の方に深い注意を向けないではいられなかったのであるが、その女にはそういう吉田の顔が非常に難解に映るのかさまざまに吉田の気を測ってはしかも非常に執拗にその話を続
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