」に傍点]の腕だ」と自分自身で確める。しかしそれはまさしく女の腕であって、それだけだ。そして女が帰り仕度をはじめた今頃、それはまた女[#「女」に傍点]の姿をあらわして来るのだ。
「電車はまだあるか知らん」
「さあ、どうやろ」
 喬《たかし》は心の中でもう電車がなくなっていてくれればいいと思った。階下のおかみは
「帰るのがお厭《いや》どしたら、朝まで寝とおいやしても、うちはかましまへん」と言うかも知れない。それより「誰ぞをお呼びやおへんのどしたら、帰っとくれやす」と言われる方が、と喬は思うのだった。
「あんた一緒に帰らへんのか」
 女は身じまいはしたが、まだ愚図ついていた。「まあ」と思い、彼は汗づいた浴衣《ゆかた》だけは脱ぎにかかった。
 女は帰って、すぐ彼は「ビール」と小婢《こおんな》に言いつけた。

 ジュ、ジュクと雀の啼声《なきごえ》が樋《とゆ》にしていた。喬は朝靄《あさもや》のなかに明けて行く水みずしい外面を、半分覚めた頭に描いていた。頭を挙げると朝の空気のなかに光の薄れた電燈が、睡っている女の顔を照していた。
 花売りの声が戸口に聞こえたときも彼は眼を覚ました。新鮮な声、と思っ
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