た。榊《さかき》の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。
 やがて、家々の戸が勢いよく開いて、学校へ行く子供の声が路に聞こえはじめた。女はまだ深く睡っていた。
「帰って、風呂へ行って」と女は欠伸《あくび》まじりに言い、束髪の上へ載せる丸く編んだ毛を掌に載せ、「帰らしてもらいまっさ」と言って出て行った。喬《たかし》はそのまままた寝入った。

 四

 喬は丸太町の橋の袂《たもと》から加茂|磧《かわら》へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。
 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。
 川水は荒神橋の下手で簾《すだれ》のようになって落ちている。夏草の茂った中洲《なかす》の彼方《かなた》で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒《せきれい》が飛んでいた。
 背を刺すような日表《ひなた》は、蔭となるとさすが秋の冷たさが跼《くぐま》っていた。喬はそこに腰を下した。
「人が通る、車が通る」と思った。また
「街では自分は苦しい」と思
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング