裸女の畫
長谷川時雨

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)踞《しやが》んで

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
−−

 シヤガールの裸の女の繪を床の間においた。こんないい繪をわたしが持つてゐるのではない。『近代美人傳』の口繪を拜借した某氏から、この繪も添へて貸してくださつたのを、丁寧に床の間においたのだつた。
 送つて來てくれた人たちに、門口で挨拶して主人が歸つて來たのは、もう夜更けだつたが、室にはいるとすぐに、床の間の繪に目を走らせて、誰のです、と叫んだ。
 ああ、シヤガールね、どうも並々の畫ぢやないと思つた。
 と、さほど大きくもない額の前に跼《しやが》んで眺め入つてゐる。
 仕樣のないものだね、藝術《わざ》といふものは――と呟いた。
 それからの毎日、拜借してゐる期間だけでも、眺めてゐるわたしたちの藝術的良心は高められ、充《み》ちたりてゐたが、暮から春へかけて、來客はかなり多いのだが、他のたれもがなんとも一言――といふよりは、よく見てくれるもののないのが、わたしの注意をひいた。若い男女の畫家もそのなかにはあつたが――
 氣忙しいのだ――と、よい方に思ひやつても、机の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りにちらばつてゐる寫眞などには眼がゆくが、床の間まではのびない。すぐ傍にある鏡餅《おそなへ》は大きなものだ、尺だらうといつた人は二三人ある、それは新舊の女流作家だつたが、シヤガールまではとどかなかつた。
 現實性のものへ――ごくよく解譯して、そんなふうに、現實性のものへ眼を奪はれるので、繪の方は見逃されたのだと思はうとしたが、シヤガールのこの裸繪の女は、なかなかもつて、躍動してゐるのだ、色こそ着いてゐないが、生ききつて、健《すこ》やかなること六月の若木の樹體のなめらかさと強靱さが充ちきつてゐる。
 ふと、おお、これだと考へついた。この香ぐはしく、のびやかなる肢體に、同性は目をそらすのだ。それは惡意あつてではない、めづらしくないのだ。その、繪のよさも描かれた繪畫よりも前に――といふより、もつと早く、直覺的に知つてしまふのだ。それは意識するとせぬとにかかはらず、觀賞よりもさきに、女の裸と
次へ
全2ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング