ら何かで、大勢の出迎へをうけたので、荷物は馴れた人達がどんどん運んでくれてしまつたが、停車場の裏手の方へ出るのに、高い橋のやうなところを渡つてゆくと、若い兵隊たちが化粧鞄をあけたりして、しやがんで、細かいものを見はじめた。私は彼等が頭を集めてゐる金屬製の容器類から、匂ひのよいクリームや、仁丹を彼等の掌へ振り出して見せてやつた。それらの兵隊たちは、後の日に見た昔風の、藍色に赤い丸を染めた、ダブダブの支那服を着てゐるのとちがつて、ふと見ると、日本の兵隊さんたちと間違ふほど、キツチリした軍裝をしてゐた。
 そんなふうに、遲く着いたので翌朝眼がさめると、誰よりも早く朝の庭を、窓をひらいてゆつくりと眺めてゐた。と、ひとりの老人が、木立の間を丁寧に掃ききよめて打水をしてゐるのが、いかにも親切なやりかただが、此家の雇人としては、あまりにも日に燒け黒み、胸まであらはで身汚なすぎるのだつた。それに、私を不思議がらせたのは、私の眼が窓にあると知ると、彼は身をかくすやうにして隅の方へ行くことだつた。
 厨司《ちゆうず》や、女中や、ボーイや運轉手たちにお土産の心づけをする時に、あのおぢいさんにもやつて下さいと言つたらば、あああれは苦力だと言つた。お客樣の眼になんぞついて怒られるかと思つて隱れたのだらうとも言つた。その苦力は、たつた月八圓ばかりで、朝毎に家の者の眼のさめないうちに、庭を掃き清め、夜更けまで畠の世話から何から、下※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りのことは一さいするのだが、一軒の家に雇はれきりでないものは、小額の錢で幾軒かかけもちにしてゐるのもあるといつた。
 私は庭へおりて、家の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りを見まはして見た。この家ばかりではなく、何處でも、中の廣さがわからないやうな建てかたになつてゐて、門は一間か一間半ぐらゐになつてゐる。別だん密林なのではないが、どうも母屋の家根がよく見えない土塀つづきだ。そして、よく見ると、土塀にそつて一側、住居があるのだが、それすらはつきりしないほど巧く出來てゐる。
 妹の家の庭の向う、道路に面した方にも別人の住居が二軒も並んであるのだが、さうきいてもわからなかつた。門の片側に、運轉手のゐる小屋があり、その後がボーイの住居、その後が厨司一家《ちゆうずいつか》で、細長く住んで、間に空地《くうち》はあるが、客室の後まで
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