、披露されたと見るが当然の事かも知れないが)真の事情というものは五里霧中《ごりむちゅう》のなかにあるといってもよい。「彼れらは真に恋愛を解していたか?」ということも出来れば「何があるものか出来心だ」と曲解することも出来るし「いえ、そんな事はすこしもなかったのだ。それこそ他に入組んだ訳があって、結果があんなふうになってしまったのだ。」と打消すことも出来ないとはいわれない。けれども彼女の周囲の人たちは驚愕《きょうがく》のあまり狼狽《あわて》てしまって、目の前に展開された恥辱に顫《ふる》い怒って、彼女から何も知り得ぬさきに、彼女を許すべからざるもののように述《のべ》立ててしまった。彼女をかばってやらなければならない者すら身の潔白を表わすに急で、強く厳しく、彼女を詰責《きっせき》するようにさえ見えた。
 私は知らないことを、分明《はっきり》と言うだけの勇気は持っていない。またその代りに、独断で彼女を悪い女としてしまうことも忍び得ない。私は何時《いつ》でも思う事であるが、人間はその人自身でなければ、なんにも分らない。ある点までの理解と、あるところまでの心の交渉はあるが、すべてが自分の考え通りにゆ
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