備が講ぜられた。幾台かの自動車はそのために空《むな》しく幾日かを立番をして暮したほどである。さあ! という時には、四《よ》つ街道《かいどう》あたりの畷路《なわてみち》は、自動車の爆音が相続き入乱れてヘビーの出しくらをした。そして彼女は広い東京にも身の置どころもないように噂された。
その事実! その事実は私もなんにも知らない。やっぱり新聞紙によって知っただけにしか過ぎない。けれどもそれだけで彼女の一生を片付てしまおうとするのはあんまり残酷ではあるまいか? 何故とならば、誰人《だれ》に聴いても彼女自身の口から出た、その事件に対しての告白は聴いていない。まして死んでしまった倉持陸助の心持ちは猶更《なおさら》分りようがない。その上に、どう感情をおしかくそうとし、また出来るだけそれまでになる動機の径路|顛末《てんまつ》を避けて書いたとしても、死際《しにぎわ》に残した書置きには、何か心の中の苦悶《くもん》を洩らしてない事はあるまいと思うが、その書置きをすら、二人のを二人のとも、或る人が見ただけで早急に火中してしまったと伝えられているから(事実はそうでないかも知れない。すくなくも、近親の間にだけは
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