夫の住む家へと運ばれていった。彼女が神経過敏に陥って、とがもない召使いを叱《しか》りちらし、時々発作的に自殺の気色を見せたということは尤もなことで、夜は十二時をすぎても眠られず、朝は遅いというようなことをいって責めるのは、あまりに普通人の健康なものに比較したばからしさだ。平静な時は読書に一日を費しているが、挙措《きょそ》動作が何処やら異っているので警戒しなくてはならないと見られた。

 一年はたった。鎌子はその後どこか近県の別荘にあって、寛治氏の思いやりのあるはからいのもとに、病後の手あてと、心のいたみの恢復をはかっていると聴いた。そして彼女は羊を飼っているとも聴いた。暖かい土地で、人に顔をあわさず、朝《あした》夕《ゆう》べに讃美歌を口ずさみながら、羊の群をおっているのは、廃残の彼女にはほんに相応《ふさわ》しいことだと思った。が、嘘かまことか、五月のある日の『東京日日新聞』紙面の写真版は、歌舞伎座がえりだという彼女が、自動車へ乗るところの姿をだした。そして疵《きず》あとは綺麗《きれい》にぬぐったように癒《なお》った彼女は、寛治氏と同道にて歌舞伎座の東の高土間《たかどま》に、臆面もなく芝
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