が今少し意識的になされたものであったなら、夫人は旧《ふる》い日本の婦人たちがこれまで少し行き詰《づま》るといつもすぐ決行したような安易な死を選ばずとも、もっと力強い積極的な態度をもって、愛による新しい生活を創造することが出来たでありましょう。それは勿論非常な困難苦痛を予想しなければならないことで、そこに並々ならぬ勇気と忍耐と力とを必要とすることはいうまでもないことですけれど、しかも全然不可能なことではなかったと私は信じます。しかし醒《さ》めたものに望むような徹底を、因襲をもって十重二十重《とえはたえ》に縛られた貴族の家庭に多くの愚かな召使たちにかしずかれながら育った夫人に、そしてあの空疎な今日の女学校の形式的な教育より受けていない夫人に期待するのは、するものの方が無理なのでありましょう。
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と説破している。つまりは上流社会の頑迷な旧式な思想から来た子女に対する結婚観念の誤りだといい、華美ごのみであったというのは本性の虚栄を意味するのではなく、むしろ生活の空虚を、精神的の教養をあまり受けていない今日の日本婦人の常として、ことに物質的に何の不自由もない身分として、ご
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