級の中で最も因襲と伝統との尊重され、旧思想、旧道徳が今もなお頑固《がんこ》に根を張って、人間本来の真情は生命なき形式のもとに押し込められている上流貴族の家庭において、偶々《たまたま》こういう事件が起ったということは非常に意味深いことで、私はむしろ彼ら頑迷なる上流社会の人々をして、その生活――殊《こと》に彼らの家庭生活の上に反省せしめ、かくして彼らをして覚醒《めざめ》しめる一つの機会を与えたものとして痛快にさえ感じております。全く芳川家はこの意味で、他の多くの貴族の家庭のために犠牲になったものだとも言えるでしょう。
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 晶子氏のは、
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……しかし夫人が折角《せっかく》その肯定するところまで乗りだしながら、愛の肯定は即ち情死であるというより以上の思案を見出《みいだ》されなかったことは何より残念な、腑甲斐《ふがい》ないことでした。何故ならこれは私には夫人が自分のしていることに対して明かな自覚を有《も》っていなかったこと、またそれを敢《あ》えてするだけの実力をも有《も》っていなかったことを証明するものだとしか思われないからであります。もし夫人の行為
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