た一つあったのである。それは当然死よりも愁《つら》くまた出来にくかったであろうが、正しい取るべき道は、最初倉持との恋愛が萌《きざ》した時に、潔《いさぎよ》く良人《おっと》に打明けるべきであった。夫妻の間に理解と、真の愛情があれば打明けられたと思う。それが出来ずとも、倉持との恋愛が、何物をも犠牲にするほど熾烈《しれつ》なものであったならば、当然伯爵家も伯爵夫人も最初から捨てなければならなかったのだ。そして倉持も極力その事を願わなければならないはずであった。すべてを有《あり》のままにしておいて、倉持を愛していたのならば、鎌子の情操を疑わなければならない。問題は唯この一点だ。
 けれども多く非難の的とされたのは、男女のどちらからが誘惑したかという事と、心中をすることをどちらから言出したかという事とであった。誘惑云々という事は、もの心のつかない童男童女の上ならば知らず、廿四歳の青年はそんなことを聞かれるのさえ侮辱だ。鎌子にしても、単に、男に誘惑されてああなったとすればあんまり単純すぎる。出来てしまってから結果を考えて、顫《ふる》えるような無智な女ではないであろう。そういう事になる前にこそ、死よ
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