人は殺しません。私も死にますから御安心なすって下さい』と頻《しきり》に女の耳に口をあてて言っていたが、その中多勢の人が騒ぎだしたので、女から離れて女子師範学校の土手のとこに行って喉《のど》を突いたのです」
[#ここで字下げ終わり]
 生命危篤の彼女は、出血の多量であったにもかかわらず命はあることになった。「死んでしまったらよかったろうに」とは、あながち彼女を憎むものばかりが言ったことではなかった。これからの恥多き日を、どうしておくるかということよりも、彼女に命がなかったならば、彼女も倉持も救われ、また夫も親も救われるにと思ったのであった。絶対の恋愛をもつものならば妥協の生活は出来ないであろうし、有夫の身だから罪となるのを悲しんで死のうとしたならば、易《やす》きにつこうとした謗《そし》りはあるとしても、それは醒《さめ》きらぬ婦人の無自覚から来た悲しい錯誤であると言わなければならない。また倉持にしても、それほどまでの真純な愛を持ちながら、どうして夫人を説得するだけの勇気と意志がなかったのであろう。彼女が無自覚であったと共に、倉持はまた意志が薄弱であったのであるまいか。彼女の取るべき道はたっ
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