事件の見出しの、初号活字に魅惑されてしまった。
 まだ世人の記憶に新らしいその事件の内容を、委《くわ》しく此処《ここ》に並べないでもいいようにも思うが、けれども、ずっと後日《のち》に読む人のためには必要があるだろう。この事件もまた二人の人間の死んだことを報じたのだが、そのうちの一人が生返ったのと、その死にかたが自殺だったのと、その間に性的問題が含まれていたのと、身分位置というものがもたらす複雑な事情があった上に、その女性が華族の当主の夫人であるという、上流階級の出来ごとであるために、世の耳目を集めたうえに、各階級の種々の立場によって解釈され、論じられたのだった。ことに新らしい思想界の人々と、古い道徳の見地に立つ人との間には、非常に相違した説を互いに発表したりした。が、そうした立場の人たちの間にこそ、同情と理解をもって論じられもしたが、その以外《ほか》では、侮蔑《ぶべつ》と嘲弄《ちょうろう》の的となった。ことに倫落《りんらく》した女たちは、鬼の首でも取ったかのように、得々《とくとく》揚々として、批判も同情もなく、殆《ほとん》ど吐きだすような調子であげつらうのを聞いた。また場末の寄席《よせ
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