件があり、彼女の生活の豪華であったことが、知らぬものもないというほどであり、和歌集『踏絵《ふみえ》』を出してから、その物語りめく美姫《びき》の情炎に、世人は魅せられていたからだ。
 この結婚は、無理だというのが公評になっていた。作品を通して眺めた夫人は、キリスト教徒のためされた、踏絵や、火刑よりも苦しい炮烙《ほうらく》の刑にいる。けれど試《ため》す人は、それほど惨虐な心を抱いているのではない。それどころか、宝として確《しっ》かりと握っていたのだとも思われる。冷たさにも、熱さにも、他の苦痛など、てんで考えている暇のない専有慾の満足と、自由を願うものとの葛藤《かっとう》だったのだ。もとより、いつも掴《つか》むものは強い力をもち、かよわいものが折り伏せられるのは恒《つね》だが――

       二

 ――これは前のつづきではない。前章は、大正十一年の二月に書いたのだが、その続きがどうしても見当らない、図書館にも幾度かいって探してもらったが、続きの載《の》ったはずの雑誌はあっても出ていない。そこで、よく考えてみたらば、こんなことがあったのを忘れて、続きが出たとばかり思っていたのだった。
 
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