るような、なんとなく霊気といったものが、その女をとりまいている。譬《たと》えていえば、玲瓏たる富士の峰が紫に透《す》いて見えるような型の、貴女をといっている。これはだいぶ歌集『踏絵』に魅せられていた。
 たしかに、わたしは『踏絵』のうたと序文によっぱらいすぎてはいたが、昔ならば、女御《にょご》、后《きさき》がねとよばれるきわの女性が、つくし人《びと》にさらわれて、遠いあなたの空から、都をしのび、いまは哲学めいた読《よみ》ものを好むとあれば、わたしの儚《はかな》んだロマンスは上々のもので、かえって実在の人を見て、いますこしうちしめりておわし候え、と願ったのもよんどころない。それほどに『踏絵』一巻は人の心をとらえた。

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われは此処《ここ》に神はいづくにましますや星のまたたき寂しき夜なり
われといふ小さきものを天地《あめつち》の中に生みける不可思議おもふ
踏絵もてためさるる日の来《き》しごとも歌|反故《ほぐ》いだき立てる火の前
吾《われ》は知る強き百千《ももち》の恋ゆゑに百千の敵は嬉しきものと
天地《あめつち》の一大事なりわが胸の秘密の扉《とびら》誰《たれ》か開きぬ

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