。ただ、わたしの強味は、おなじ時代に、おなじ空気を呼吸しているということだけだ。
 火の国|筑紫《つくし》の女王|白蓮《びゃくれん》と、誇らかな名をよばれ、いまは、府下中野の町の、細い小路のかたわらに、低い垣根と、粗雑な建具とをもった小屋《しょうおく》に暮している※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子《あきこ》さんの室《へや》は、日差しは晴やかな家《うち》だが、垣の菊は霜にいたんで。古くなったタオルの手拭《てぬぐい》が、日当りの縁に幾本か干してあるのが、妙にこの女人《ひと》にそぐわない感じだ。
 面《おも》やせがして、一層美をそえた大きい眼、すんなりとした鼻、小さい口、鏝《こて》をあてた頭髪《かみ》の毛が、やや細ったのもいたいたしい。金紗《きんしゃ》お召の一つ綿入れに、長じゅばんの袖は紫友禅のモスリン。五つ衣《ぎぬ》を剥《は》ぎ、金冠をもぎとった、爵位も金権も何もない裸体になっても、離れぬ美と才と、彼女の持つものだけをもって、粛然としている。黒い一閑張《いっかんばり》の机の上には、新らしい聖書が置かれてある。仏の道に行き、哲学を求め、いままた聖書に探《たず》ねるものはなにか――や
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