》した。それは、伝右衛門氏が五十二歳であるということや、無学な鉱夫あがりの成金《なりきん》だなぞということから、胡砂《こさ》ふく異境に嫁《とつ》いだ「王昭君《おうしょうくん》」のそれのように伝えられ、この結婚には、拾万円の仕度金が出たと、物質問題までが絡《から》んで、階級差別もまだはなはだしかったころなので、人身御供《ひとみごくう》だとまでいわれ、哀れまれたのだった。
人身売買と、親戚《しんせき》補助とは、似ていて違っているが、犠牲心の動きか、強《し》いられたためか、父と子のような年のちがいや醜美はともかくとして、石炭掘りから仕上げて、字は読めても書けない金持ちと、伝統と血統を誇るお公卿《くげ》さまとの縁組みは、嫁《とつ》ぐ女《ひと》が若く美貌《びぼう》であればあるだけ、愛惜と同情とは、物語りをつくり、物質が影にあるとおもうのは余儀ないことで、それについて伯爵家からの弁明はきかなかった。
だが、そのままでは、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子さんはありふれた家庭悲劇の女主人公になってしまう。甘んじて強いられた犠牲となったのかどうか。それは彼女の後日が生きて語ったではないか。
この手紙は今年の春(大正十一年)中野の隠れ家《が》からうけた一節で、
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只今お手紙ありがたく拝見いたしました。実はわたくし、二、三日前からすこし気分がすぐれませんので床《とこ》についております。急に脈がむやみと多くなって、頭がいやあな気持ちになる、なんとも名のつけられない病気が時たま起りますので。でも今日は大分《だいぶ》よろしゅう御座いますから、早速御返事申上げて置こうと、床の中での乱筆よろしく御判読願い上げます。(中略)仰せの通り世間のとかくの噂《うわさ》の中にはずい分、いやなと思う事もないでも御座いませんけど、これも致方《いたしかた》がないなり行きだと、今までもあまり気にかけたことも御座いません。
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私信の一部を公にしては悪いが、わたしの筆に幾万言を費《ついや》して現わそうとするよりも、この書簡の断片の方がどれだけ雄弁に語っているか知れない。はじめからそういうふうに冷淡に、噂《うわさ》を噂として聞流す女性はすくない。
いつぞや九条武子《くじょうたけこ》さんと座談のおり、旅行のことからの話ついでに、
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「別府《べっぷ》には※[#「火+華」、第3水準1−87−62]《あき》さまの御別荘がおありですから、それはよろしう御座いますの。随分前から御一緒に行くお約束になっていて、やっと参りましたのよ。伊藤さんがお迎えながらいらっしゃるはずでしたところ、風邪《かぜ》をおひきになったって電報が来たものですから、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]さまは急いでお帰りになりましたの。だから残念でしたわ。」
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語る人のあでやかな笑顔《えがお》。それよりも前に、わたしはかなり重く信用してよい人から、こういうふうにも聞いていた。
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白蓮さんは伝右衛門氏のことを、此方《このかた》が、此方がといわれるので、何となく御主人へ対して気の毒な気がして返事がしにくかった。それに、あの人の歌は、どこまでが芸術で、どこまでが生活なのか――あの生活が嫌《いや》なのだとはどうしても思われない。
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手紙のことといい、武子さんの話の断片といい、この歌の評といい、突然なので、知らない読者には解しかねるであろうが、この間には、例の白蓮女史|失踪《しっそう》事件があり、彼女の生活の豪華であったことが、知らぬものもないというほどであり、和歌集『踏絵《ふみえ》』を出してから、その物語りめく美姫《びき》の情炎に、世人は魅せられていたからだ。
この結婚は、無理だというのが公評になっていた。作品を通して眺めた夫人は、キリスト教徒のためされた、踏絵や、火刑よりも苦しい炮烙《ほうらく》の刑にいる。けれど試《ため》す人は、それほど惨虐な心を抱いているのではない。それどころか、宝として確《しっ》かりと握っていたのだとも思われる。冷たさにも、熱さにも、他の苦痛など、てんで考えている暇のない専有慾の満足と、自由を願うものとの葛藤《かっとう》だったのだ。もとより、いつも掴《つか》むものは強い力をもち、かよわいものが折り伏せられるのは恒《つね》だが――
二
――これは前のつづきではない。前章は、大正十一年の二月に書いたのだが、その続きがどうしても見当らない、図書館にも幾度かいって探してもらったが、続きの載《の》ったはずの雑誌はあっても出ていない。そこで、よく考えてみたらば、こんなことがあったのを忘れて、続きが出たとばかり思っていたのだった。
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