満足させたのは、横浜と共に太ってゆく資産家野沢屋の旦那をつかまえたことであった。
野沢屋茂木氏には糟糠《そうこう》の妻があった。彼女は遊女上りでこそあるが、一心になって夫を助け家を富《とま》した大切な妻であった。その他に野沢屋には総番頭支配人に、生糸店として野沢屋の名をなさせた大功のある人物があった。その二人のために、さすがに溺《おぼ》れた主人も彼女をすぐに家に入れなかった。長い年月を彼女は外妾として暮さなければならなかった。
茂木氏夫妻には実子がなかった。夫婦の姪《めい》と甥《おい》を呼び寄せ、めあわせて二代目とした。ところが外妾の方には子が出来た。女であったので後に養子をしたが、現代の惣兵衛氏の親たちで、彼女が野沢屋の大奥さんとして、出来るだけの栄華にふける種をおろしたのであった。
過日あの没落騒動《ぼつらく》があった時に、おなじ横浜に早くから目をつけて来たが、茂木氏のような運を掴《つか》み得ないで、国許《くにもと》に居るときよりは、一層せちがらい世を送っている者たちはこう言った。
「とうとう本妻の罰があたったのだ。悪運も末になって傾いて来たのだ。」
なるほど彼女はかなり
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