》の男の遺子たちに向って、お前方も成長《おおき》くなるが、間違ってもこんな真似をしてはいけないという意味を言聞かして、涙|一滴《いってき》こぼさなかったのは、気丈な婆さんだと書いてあった。その折、言聞かされて頷《うなず》いていた少女が、たき子と貞子の姉妹で、彼女の母親は、彼女たちの父親を死に誘った、憎みと怨《うら》みをもたなければならないであろう妓女《げいしゃ》に、この姉妹《きょうだい》をした。彼女たちは直《すぐ》に新橋へ現れた。
 複雑な心裡《しんり》の解剖はやめよう。ともあれ彼女たちは幸運を羸《か》ち得たのである。情も恋もあろう若き身が、あの老侯爵に侍《かしず》いて三十年、いたずらに青春は過ぎてしまったのである。老公爵百年の後の彼女の感慨はどんなであろう。夫を芸妓に心中されてしまった彼女の母親は、新橋に吉田家という芸妓屋を出していた。そして後の夫は講談師|伯知《はくち》である。夫には、日本帝国を背負っている自負の大勲位公爵を持ち、義父に講談師伯知を持った貞子の運命は、明治期においても数奇なる美女の一人といわなければなるまい。
 その他|淑徳《しゅくとく》の高い故伊藤公爵の夫人梅子も
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