をよく知らないで嫌いだといって、あなたの事といえばよく聞きもしないで悪くキメつけるお爺《じい》さんが御座います、紅蓮洞《ぐれんどう》という人です。その実その人は、決してあなたが嫌いなのではないので御座います。その人として嫌いなはずがないので御座います。奇人ゆえ、ふとした事から嫌いにしてしまうと、もう取返しがつかなくなって、しつこいほど意地わるく悪口をするので御座います。けれどわたくしはその人がひそかにあなたには敬意をもっていることを知っています。奇人にはちがいありませんが、洒脱《しゃだつ》、飄逸《ひょういつ》なところのない今様《いまよう》仙人ゆえ、讃美する的《まと》が外《はず》れて、妙に反《そ》ぐれてしまったのだと思います。そのくせその人が好意を示しているもので、あんまり感心した女はないのです。そして好意を持ちながら侮蔑《ぶべつ》しきっているのです。
それとは事かわりますが、世の中には、誉《ほ》めたいのだが、他人があんまり感心するから嫌だといったふうな旋毛曲《つむじまが》りがかなりにあります。口に新時代の女性を謳歌《おうか》しながら、趣味としては、義太夫節などにある、身を売って夫を養う妻を理想として矛盾を感じない男もあります。
近代生活思潮に刺戟《しげき》をうけながらも、その不安をごまかして、与えられる物質だけに満足して、倦《もの》うい日々をおくるのを、高等な生活のように思いこんだ婦人たちは、あなたが新しい女と目されて、社会の耳目を※[#「奇+支」、第4水準2−13−65]《そば》だたせたおりに――無気力無抵抗につくりあげられた因習の殻《から》を切り裂いて、多くの女性を桎梏《しっこく》の檻《おり》から引出そうとしたけなげなあなたを、男が悪口する以上な憎悪《ぞうお》の目をもって眺めさげすみました。知識階級にある男たちまでが好《い》い気になってあなたの恋愛――他人に何らの容喙《ようかい》をも許されないことにまで立入って、はずかしげもなくあげつらい得々《とくとく》としていました。しかしそれは日本人の癖で、ちょっと他の者が答えかねる事を――賤《いや》しさを、口にするのが、妙な風に感心させようとする手段で、他をはずかしめると共に自らを低くする事に平気なのです。無神経なのです。それをまた得々として雷同するものが多いのは情《なさけ》ないことです。
あなたはそうした意味であらゆる人の、口の端《は》におかかりでした。けれど、皆《み》んな、やっぱりその内心は、今様仙人とおなじ型だったのです。
あなたはほんとによくお働きでした。あれではとてもたまりません、『青鞜《せいとう》』時代――「新婦人協会」時代――その間に御自分だけの生活としても、かなり複雑な――あなたの恋愛、母親となったあなた、それは一つひとつにはなすことの出来ない、あなたの思想と密接な関係のあったものとはいえ、時代にさきだって事にあたったあなたには、どの一つでも勇気と自信のいることでした。あなたのなさった事がみんな無意味でなく、空論ではありませんでした。
もともと仙人とは空気を食べてたふうのものでしょうから、今様仙人が空論を吐くのは、ゆるすとして、その他の人が口だけで、とやかく蔑《さげ》すむのを憎みます。このごろ、あなたが衝《しょう》にあたってお出《いで》でないという事が、新婦人協会の内部《うちわ》もめをおこしたというのを聞き、今更と思う思いがいたしました。
四
らいてうさま、
昨年、一昨年、一般社会に普選ということが問題とされ喧《かま》びすしかったおり、あなたもまた、婦人参政権を求め、婦人もまた一個の人間としての扱いを要求し、めざましい御活動で、各地を遊歴なさいましたその折にも、例の京童《きょうわらんべ》は、あなたのあれが商売だともうしました。商売とは、昔者《むかしもの》の言葉でいえば、世渡りの綱で、心にもない事も言って生活の代《しろ》を得る――というふうに、そうした言葉で、その折にもそうした意味に用いられました。
わたくしはかなりの憤おりを感じました。親譲りの財産でもないかぎり、また有《あり》あまった収入の道があって体が暇な人がするお道楽なら知らず、食べないで働けるものではありません。昔の高僧とよばれる人でさえ、人間を救いながら喜捨《きしゃ》はうけていました。与えられた食物を糧《かて》にして救いました。それがすこしも賤しい事でも何でもありません、立派な生活です。一本の敷島《しきしま》を煙にしてもそれだけの失費があり、自分の足で歩くのだといばっても、跣足《はだし》ではあるけない世の中に衣食するものが、得るものがなくてなんで過してゆけましょう。ましてその人は、洋画家の収入の僅少《きんしょう》なのを知っているのです。それに幼少な子たちさえおありになるあなた
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング