れる事幾十日、別紙御一覧の上は八つざきの刑にも処したまへ
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とて熱書を寄せもした。されば、
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にくからぬ人のみ多し、我れはさは誰と定めて恋渡るべき、一人のために死なば、恋しにしといふ名もたつべし、万人のために死ぬればいかならん、知人《しるひと》なしに、怪しうこと物にやいひ下されんぞそれもよしや。
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と思慕の情を寄せてくれる人々に対して誠を語っている。とはいえ、それは思われるに対してである。物思う側の彼女をも、思われた唯《ただ》一人の幸福者をも記《しる》そう。
四
さても、さほどまでに多くの人々に懐かしまれた女史の、胸の隠処《おくが》に秘めた恋は、片恋であったであろうか、それともまた、互に口に出さずとも相恋の間柄であったであろうか。日記に見える女史の心は動揺している。すくなくとも八分の弱身はあったように見られる。はじめから女史はその人を恋人として見たのではない。最初は小説の原稿を見てもらうために、先生として逢い、同時に、原稿を金子《きんす》に代えることも頼んだのだ。その人の友達が一葉の友でもあったので、二人を紹介したのがはじめだった。ところが、その人は、友達のように親しく一葉に同情し、友達よりも深い信実心《まごころ》を示した。いかほど用心深い性質《さが》でも、若い女には若い血潮が盛られている。十九の一葉はその人を心から兄と思い慕った。そしてその慕わしさは恋心となった。
「よもぎふ日記」二十六年四月六日の記に、
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こぞの春は花のもとに至恋の人となり、ことしの春は鶯《うぐいす》の音に至恋の人をなぐさむ。
春やあらぬわが身ひとつは花鳥の
あらぬ色音にまたなかれつゝ
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とある末に、
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もゝのさかりの人の名をおもひて、
もゝの花さきてうつろふ池水の
ふかくも君をしのぶころかな
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とある。桃の花のうつらう水というのこそ、彼女の二なき恋人の名なのである。その人こそ現今《いま》も『朝日新聞』に世俗むきの小説を執筆し、歌沢《うたざわ》寅千代の夫君として、歌沢の小唄《こうた》を作りもされる桃水《とうすい》、半井《なからい》氏のことである。
半井氏を一葉はどれほ
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