あった。渋仕立《しぶじたて》の江戸っ子の皮肉屋と、伊達小袖《だてこそで》で寛濶の侠気を売物の浪六と、舞姫のように物優しい眉山との三巴《みつどもえ》は、みんな彼女を握ろうとして、仕事を巧みすぎて失敗した。眉山は強《し》いて一葉の写真を手に入れたのちに、他から出た噂《うわさ》のようにして、眉山一葉結婚云々と言触《いいふら》したのでうとまれてしまった。
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正太夫年齢は廿九、痩《や》せ姿の面《めん》やうすご味を帯びて、唯|口許《くちもと》にいひ難き愛敬《あいきょう》あり、綿銘仙《めんめいせん》の縞《しま》がらこまかき袷《あわせ》に木綿《もめん》がすりの羽織は着たれどうらは定めし甲斐絹《かいき》なるべくや、声びくなれど透《すき》通れるやうの細くすずしきにて、事理明白にものがたる。かつて浪六がいひつるごとく、かれは毒筆のみならず、誠に毒心を包蔵せるのなりといひしは実に当れる詞《ことば》なるべし
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と評した斎藤緑雨を、そう言ったほど悪くはあしらいもしなかった。かえって二人は人が思うより気が合った。皮肉屋同士は会心の笑みをうかべあいもした。妻帯の事についてもかなり打明けて語りあっている。でありながら最後に(彼れの底の心は知らぬでもない)と冷たくあしらったのは、あまり正太夫が自分の筆になる鋭利な小説評が、その当時の文壇の勢力を左右した力をもって、折々何事にもあれ一葉の行方を差示《さししめ》し顔に、その力量をほのめかして、感得させようとしたのから、反抗を買ってしまった。浪六にはその前年から頼んであった金策のことで、大晦日《おおみそか》の夜も待明《まちあか》したのであったが、その年の五月一日になってもまだ絶えて音信をしなかったので、
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誰もたれも言ひがひのなき人々かな、三十金五十金のはしたなるに夫《それ》をすらをしみて出し難しとや、さらば明かに調《ととの》へがたしといひたるぞよき、えせ男作りて、髭《ひげ》かき反《そら》せどあはれ見にくしや
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と吐《は》[#ルビの「は」は底本では「ほ」]きだすように言われている。その他に樋口勘次郎は、身は厭世教を持したる教育者で、しかも不娶《めとらず》主義の主張者でありながら、おめもじの時より骨のなき身になったといって、
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勿体なくも君を恋まつ
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