いる」
 彼女と久佐賀との面会は話が合ったのであろう。月を越してから久佐賀は手紙をもって、亀井戸の臥龍梅《がりょうばい》へ彼女を誘った。手紙には、
[#ここから1字下げ]
君が精神の凡ならざるに感ぜり、爾来《じらい》したしく交わらせ給わば余が本望なるべし
[#ここで字下げ終わり]
などと書いたのちに、
[#ここから2字下げ]
君がふたゝび来たらせ給ふをまちかねて、として、
  とふ人やあるとこゝろにたのしみて
      そゞろうれしき秋の夕暮
[#ここで字下げ終わり]
と歌も手も拙《つた》ないが、才をもって世を渡るに巧みなだけな事を尽してあった。とはいえ、それを受けたのは一葉である。そんな趣向で手中にはいると思うのかと、直《すぐ》に顕真術先生の胸中を見現《みあらわ》してしまった。日本全国に会員三万人、後藤大臣並びに夫人(象次郎《しょうじろう》伯)の尊敬|一方《ひとかた》でないという先生も、女史を知ることが出来ず、そんな甘い手に乗ると思ったのは彼れが一代の失策であったであろう。
 彼女は久佐賀の価値《ねうち》を知った。彼れは世人の前へ被《かぶ》る面で、彼女も贏得《かちう》ることが出来ると思ったのであろう。彼女の手記には利己流のしれもの、二度と説を聴けば、厭《いと》うべくきらうべく、面に唾《つば》きをしようと思うばかりだとも言い、かかるともがらと大事を語るのは、幼子《おさなご》にむかって天を論ずるが如きものだ、思えば自分ながら我も敵を知らざる事の甚だしきだと、自分をさえ嘲笑《あざわら》っている。けれども久佐賀の方では、自分の方は名と富と力を貯えているものだと、慢じていたのであろう。そしてその上に、一葉の美と才と、文名とを合せればたいしたものだと己惚《うぬぼれ》たのであろう。他の者には洩《もら》すのさえ恥《はじ》ているだろうと思われる貧乏を、自分だけがよく知っていると思いもしたのであろう。まだそれよりも、彼女が親と妹のために、物質の満足を得させたいと願っている弱みを、彼れは自分一人が承知しているのだと思い上っていた。それのみならず彼れは、一葉を説破しえたつもりでいたかも知れない。
 久佐賀は、金力を持って、さも同情あるように附込《つけこ》んでゆこうとした。そうした男ゆえ、俺ならば大丈夫良かろうと錨《いかり》をおろしてかかったのかも知れない。ともかく彼れはやんわりと、勝気
前へ 次へ
全26ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング