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と唄《うた》いかけた。この詩も、美妙の「野薔薇《のばら》」というのの一節だったが、妹は、後《うしろ》に立った母親に言った。
「姉さんて、妙な人ねえ。お琴を弾《ひ》いても、唄わないくせに、ねえ。」
けれど、その妹が、敵は幾万ありとても、すべて烏合《うごう》の勢《せい》なるぞ――という軍歌が、おなじ人が、早く作ったものだということは知らないでいた。
「錦子は、お父さんのお許しが出そうなので跳《はず》んでいるのだよ。」
と、母は、錦子の室《へや》の中を見廻して言った。
「姉さんがいなくなると、さびしいねえ。」
錦子は、母親が現われたのでさっきからの、躍《おど》るような――火花が指のさきから散るような気持を、凝《じっ》と堪えて、握りしめた手を胸におしつけていたが、思わず
「あら! 東京へ行ける。」
と、感情の、顔に出るのを、さとられまいとしながら、せかせか言った。
「でもね、本当に、美術学校って、女も入学出来るのだろうかって、お父さんは御心配なさってたが。」
「出来ないはずないでしょ。済生《さいせい》学舎(医学校)だって、早くっから、女を入れたのでしょ。」
「そう
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