かした書籍《しょもつ》を、手あたり次第に引っつかんで投《ほう》りだしたとき、ふとした動機で桜津が思いちがいをしたのだった。
「あたしね、怒りっぽくなったり飽《あき》っぽくなったりするって言ったでしょ。その時も、欠伸《あくび》しながら写真帳を枕にして、だらしなく寝ころんでいたの。そしてね、おっ放《ぽ》り出した本を引きよせて見ると、大好な長恨歌《ちょうごんか》の、夕殿蛍飛思悄然という句が、すぐあったじゃないの。だから、それ書いて頂戴《ちょうだい》って、桜津に頼んだの。それをね、すっかり思いちがいしてしまったのよ。」
と、錦子は桜津という男が、何をたのんでも、はっきりしない男だから、一ヶ月もたたなければ書いて来まいと思っていたらば、すぐに書いて来て、嬉しそうにニタニタしながら、不出来ですがといったのは好いが、こんな珍本を見つけましたからって、おいていった和本のなかへ、艶書《えんしょ》を入れて来たりして、それからは、一日に二度も来るようになったのだと、困ったというふうに話した。
 孝子は、錦子が、随分変ったなあと、しげしげと見詰めていた。自分でも手紙に、我儘《わがまま》になったと書いてはよこし
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