ていたが、最初は、黒い歯の鋭い虫が噛《か》みきるのだといって下町の女たちは、極度に恐れて、呪文《じゅもん》を書いた紙をしごいて、髪に結びつけたりしていたが、そのうちに、なんでもそれは、通り魔のようなもので、知らないうちに髷《まげ》を切られたり、顔を斬られたりするのだといった。
美しい娘で、外に立っていたらば、突然、痛いと思うと、頬《ほっ》ぺたから血がにじみだしたというようなことは、眼につきやすい女に多かった。
錦子が、朝目ざめて見ると、唐人髷がころりと転《ころ》がりおちた。
ハッと唇の色を変えて、錦子は顫《ふる》えあがったが、いたずらものが忍び込んだ形跡もないので家の者たちは神業《かみわざ》だと、禍《わざわい》のせいにした。他分、表で斬られたのを、枕につくまで落ちずについていたのであったろう。だが錦子は、いやあな予感がしたのだった。
七面鳥の錦嬢《きんじょう》という名を、近所の書生たちからつけられたのは、唐人髷を切られてからだった。
短かい髪を二ツに割《わ》けて、三ツ編《あみ》のお下げにし、華やかな洋装となった錦子の学校通いは、神田、本郷の書生さんたちの血を沸騰させた。美妙
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