の?」
「小金井さんは、ふらんす[#「ふらんす」に傍点]の翻訳。若松賤子は英語もので、両方とも強《しっ》かりしている。若松賤子は明治女学校の校長さんの夫人で、巌本|嘉志子《かしこ》というのが本名だ。」
 美妙斎は眼を窓の外にやって、この娘を送ってやりながら散歩してもいい日だと思っている。
 窓は八畳の室にあって、八、九年前には、学生だった紅葉山人が同居して、机を並べて、朝から晩まで文学談をやっていたということや、北向きだから冬は寒いということまで、窓をあけてお茶の水の土手を見渡しながら、美妙斎はへだてなく語った。
 そんなに気の合った紅葉が、たった三、四日で、飯田町《いいだまち》の祖父母の宅へ越していってしまったのは、窓が北向きで、寒いばかりではなかった。長く、後家《ごけ》同様に暮している山田の母親と、その姑《しゅうとめ》にあたる、とても口やかましい祖母とがいて、おとなしい孫息子を、引っかかえすぎるのに、煩《うる》さくなって越したのだが、その事だけは、美妙斎はいわなかった。
 神田川にそそぐお茶の水の堀割は、両岸の土手が高く、樹木が鬱蒼《うっそう》として、水戸《みと》家が聘《へい》した
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