いっている。
四
近いうちに、どうしても東京へも一度行くという音信が、孝子のところへ、錦子から届いた。
郷里《くに》の実家に、落附こうとすればするほどあたしはジリジリしてくる。どうして好いのか、笑って見たり、怒って見たり、疳癪《かんしゃく》をおこしてばかりいる。
あたしは、こんな事をしていて好いのかと、自分の胸を掻《か》き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》っている。郷里《いなか》へ帰ったからって、好いものは書けやしない。やッぱりあたしは、美妙《せんせい》のそばにいなければいけないのだ。
あなたは、美妙の評判がよくないと仰しゃるが、それは、あの人を女が好くので妬《ねた》まれるのです。それにこのごろ、紅葉の方が小説を多く書いて、美妙が休みがちなので、そんな噂《うわさ》をするのでしょう。
実は、美妙からも出て来ないかといって下さるから、あたしはどうしても出京します。
――そんなふうな手紙が幾度か繰返されてくるうちに、ある日、錦子は、孝子の前へ笑って立った。
「いけない娘になってしまって――自分でも、我儘だと思うけれど、なんだかジリジリして。」
と、謝《あやま》るように孝子を見る眼に、矯羞《きょうしゅう》をうかべた。
「あなたを、大層思っていた人が郷里に、あったというではないの。」
「あんなの、なんでもないのよ。種々《いろいろ》なこという人随分あったけれど、戯談《じょうだん》半分なのよ。」
と、錦子は友達の真面目《まじめ》なのを、ごまかしてしまおうとした。
「でも、その人は、結婚を申込んだというのじゃないの。お父さんもお母さんも、御承知なのでしょ。」
「でも、どうとでも、お前の心のままにしろというから、否《いや》だといったの。だから、それは何でもないのよ。もともと友達のつもりだったのだから。」
そうはいったが錦子も、その男が、青くなったり、赤くなったりして涙ぐんだのを思い出すと気とがめもするのだった。
「あたし、一生独立しようと心に誓って、はじめは、医者になろうかと思ったのですけれど、それもだめだったし、画師《えし》になろうかとも思ったのですけれど、それも駄目。やっぱり、もともと好きな文学でと思ってるのですの。けれど、それも下手《へた》の横好きというんでしょ。自分ながら才がないので、気をもんじゃって、それで始終むしゃくしゃ
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