あ、とんでもない女になって――と、可愛がった祖母までが怒っているという。
 七面鳥とは、派手に美しい錦子の洋服姿であり、昨日の優美な娘風と、一夜に変ったスタイルを、書生たちは言現《いいあらわ》したのであろうが、錦子は、たしかにその頃から、沈んだり、はしゃいだりすることが多くなった。
「あたし、郷里《くに》へ帰らなきゃならないのよ。だけど、いいわ。あっちにいて、思いっきり勉強するの、好いもの書くわ。」
 そう言って泣かれた友達は、それも好いかも知れないと慰めて、
「なにしろ、あんまりあなた、美妙斎が好きすぎるもの。『いらつ女《め》』に書いてる女《ひと》にも何かあるんだって? 困るわねえ、浅草にもだってね。」
 自分の好きな男は、他女《ひと》も好きなのだ――そんなふうに簡単に錦子に考えられたろうか?
 錦子はこんなふうに思うこともある。阿古屋姫《あこやひめ》とは誰だろう――そもじは阿古屋の貝にもまさった宝と、何かに書いてあったが誰だろう。あたしかしら?
 ――甘いささやき――
 銀蜂《ぎんばち》がブンブン言っているのでも、郷里《くに》へ帰った錦子は、ものごとが手につかなかった。
 だが、ふと、美妙の手許にあった、薄すべったい、青黒い表紙の雑記帳を、一ひらめくって見た、厭《いや》な思い出もおもいださないことはない。表紙うらに鉛筆のはしり書きで、
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奈《な》まじいにあひ見る事のつれなきに
さりともあはで返されもせず
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 廿四年十一月六日作とあった。あれが、わたしへの、ほんとの美妙の心ではないかとも思い、いえ、そんなことは決してないはずだとも打消した。
 しかし、どうも、それは、はずでばかりはなかったようだ。人の心は微妙であるから、なんとも他《ほか》からはっきりは定《き》められないが、美妙斎はそのころから関係のあった、浅草公園の女、石井|留女《とめじょ》を、九月|尽日《じんじつ》に落籍《らくせき》して、その祝賀を、その、おなじ雑記帳へも書いているのだ。
 この女の人を、後《のち》におっぽりだしたので、『万朝報』でたたかれて、美妙斎は失脚の第一歩を踏んだのだったが、留女を落籍した日は暴風の日であって、一直《いちなお》から料理をとって祝った。茶碗もりや、鯛《たい》の頭附《かしらつ》きの焼もので、赤の飯で囃《はや》したてたのだ。その後、
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