ならうとするお糸さんは、年齡《とし》の半分も下の姪から愛情をいつも受けてゐた。その時も、糠星《ぬかぼし》のやうな眼に、急に火が點《とぼ》つて、
「ぢやあ、赤十字社の看護婦規則書を貰つて、手續きをきいて來ますわ。けれど、好いでせうかね。」
 お糸さんは言つた。あたしのほかに、仕立屋のおまんちやんも、それから誰とかさんもさういつてゐると――その女《ひと》たちもよくは知らなかつたが、可哀さうな境遇な女《ひと》たちだつた。彼女たちは自分の立場をはつきりと知つて、有甲斐《ありがひ》のない身を御用に立てたいと、愼しみ深い底の情熱を示しだしたのだ。
 妹と娘とが、そんな示し合せをしたことを母は知らなかつた。お糸さんは八端《はつたん》のねんねこで、母の祕藏ツ子だつた弟をおぶつて買もののやうなふりをして出かけた。

 新聞の號外は出たが――號外のはじまりかもしれない――寫眞版はない。繪はがき屋さへまだなかつた。新版繪雙紙《しんばんゑざうし》が出ると、早速に人だかりだ。
 私のうちは、なかなか私たちを外へ出してはくれない。嚴しすぎるしつけかただから、實に世間の景況がわからなかつた。新聞や、來る人の口から聞
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