長谷川時雨

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)作品《もの》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)にじん[#「にじん」に傍点]だ
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 桃。
 わたしは、桃の實と女性とを、なにとなく特殊なむすびつきがある氣がして、心をひかれてゐる。それが、なんであるかを、まだはつきりしないのに、とにかく、その大切にしてあるものを、心に熟さないうちに、まだ青い實のうちに、ともかく「明日香」發行のお祝ひに捧げるやうになつた。
 今、わたしの部屋に西王母の軸がかけてある。高村光太郎氏刀の桃の實の置物がある。わたしは、それらに示唆されて、桃、といふ題を書いてしまふやうになつたのかもしれない。三千年に一度、花咲き實るといふ仙郷の「桃」は、この場合、藝術の園に遊ぶ人の誰しもが掴まんとするのを、象徴してゐると見てもいい。
 芙蓉齋素絢ゑがく西王母は、桃林を逍遙する仙女の風趣氣高く、嫋々としてゐる。その足許近くにある、高村さんの桃の實は、ある朝、庭の木にはじめて實つたのをとつて、感興の逸せぬうちにと刻まれた作品《もの》で、稍まだかたい實の青さに、赤みを交へ
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