そうな気質は、一言《ひとこと》二言《ふたこと》の言葉のなかにもほのめいて見られる。この人よりは顔も普通で、出世もさほどでない女さえ、我第一の器量人といったふうに振舞うのが多いのに、大橋家の家憲がそうしたのか、彼女の生れたちがそうなのか、立入って知らないが奥床《おくゆか》しいと思った。
近代的なひらめきはないが、そうしたところのないのが、しっとりとした落付きのある、大家《たいけ》の夫人としての品を保たせていた。わたしはぴったりとその女《ひと》の胸に触れたことがないので、情の人か、理智の人かそれすら知らないが、悧巧《りこう》な人であることは言わずもがなであろう。
わたしの思出は、また紅葉館の、あの広々とした二階の一室へともどる――
台広《だいびろ》の駒《こま》の、上方唄《かみがたうた》の三味線の音がゆるく響くと、涙がくゆってくるのであった。わたしの妙に思いやりのある心は、そうしたおりに意地悪く、この幸運な女《ひと》と、向いあって坐っている人の上に廻ってゆくのであった。聞きしみていた三味線の、絃《いと》の顫えから、雫《しずく》してくるものが、妙にわたしの胸を一ぱいにさせるのであった。
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